江戸ブックガイド

『退屈姫君伝』シリーズ全四巻 米村圭伍

十代将軍・徳川家治の時代、五十万石の国の末娘・めだか姫は四国にある風見藩という二万五千石の小さな国の藩主に嫁ぐことに。しかし夫である藩主は参勤交代の関係で彼女を江戸に置いて国許に帰ることに。藩邸を守るめだか姫は退屈……と思いきや、どうやら二人の結婚には何やら密約があるらしく、それを嗅ぎつけた老中・田沼意次がその内容を暴こうとし始め、なんだか彼女の周りはきな臭くなってきます。そしてもう一つそれとは別に、風見藩上屋敷には七不思議ならぬ六不思議があるようで、めだか姫がその謎を解くことに。義弟や御庭番、くのいちに将棋の師匠、実在していた人物も入り乱れてあれやこれやと大騒ぎの喜劇、時代物って読みづらいなあと思っている方にピッタリの一冊です。これを読んだら、是非前日談『冷飯風流伝』、少し先を描いた『面影小町伝』、そして続編の『退屈姫君 海を渡る』も読んでみてください。(河合舟)

 

藤沢周平『獄医立花登手控え』シリーズ


青年医師の立花登が、小伝馬町の獄医として出会った囚人たちに纏わる事件を、明晰な推理

と巧みな柔術の腕で解決していく捕り物シリーズです。
 こう書くとまるで頭も良くて腕も立つ天才肌の人物に思えるかもしれませんが、登はどちらかというと苦労性です。江戸で頼りになる唯一の身内である叔父はついつい酒に逃げてしまう恐妻家で、叔母さんは居候たる登をこき使いますし、従姉妹のちえは美人だけれど夜遊びしまくりの不良娘。医者としての稼ぎも、叔父さんが流行らない町医者なので、大した儲けになりません。おかげで新しい医書が揃えられないと愚痴をはくことも。
 しかも獄医として遭遇する事件の数々には、世知辛い巷間の悲哀や不条理さが詰まっていて、人間の弱さ・醜さを前に登は思い悩むこともしばしばあります。
 それでも読んでいると、人として医者として、前を向いて歩き続ける登が少しずつ成長していく姿に励まされる作品です。短編集なので読みやすいですし、一九八二年に中井貴一さんのTVドラマデビュー作として、また二〇一六年に溝端淳平さんの主演作として、NHKで計二回ドラマ化されているので、そちらもご覧になればより楽しめるかと思います。個人的には『女牢』、『押し込み』、『みな殺し』、『奈落のおあき』とかが、特に好きです。(藤沢静雄)

『花のあと』藤沢周平


北川景子さん主演で映画化もされた一作で、東北の小藩に住んでいる、剣士でもある武家の娘さんが主人公の作品です。お婆さんになった主人公・以登が、若かりし頃の初恋の人に関する顛末を語るという、切なくも美しい物語です。
 ですが、私の推しは以登でも、彼女の初恋の人でもなく、以登の許嫁の才助殿! この人物、はっきりいってあまり格好よくありません。性格も主人公から締まりがなくて軽々しいと言われる始末ですし、映画では以登の家で勝手に友人と酒盛りしていますし、結構調子がいい人物です。はっきりいって、初恋の人のほうが剣の腕も立ち、真面目そうないい男で、比較してしまうと以登からの許嫁に対する評価が辛くなるのも致し方ない気も……。
 けれど才助には才助の良さがあり、物語が進むにつれて、以登の父が彼を入り婿にしようと思ったのか、その意図を読者の大半が理解できるようになっていくと思います。
 物語の主軸はあくまで凛々しい剣士であり、淡い恋心を胸に秘めた乙女である以登であって、才助は脇役に過ぎませんが、なかなか良い仕事をしてくれる男性なので、気に入ってくれるかたもきっといる……はず! 原作小説のほうでも、映画の方でも構わないので、是非一度目を通していただきたいお話です。(藤沢静雄)

 

『剣客商売』池波正太郎
 

『鬼平犯科帳』や『仕掛人・藤枝梅安』に並ぶ池波正太郎氏の代表作なので、知っている方も多いかと思います。老剣客の秋山小兵衛と、その息子の大治郎らが江戸で起きる事件を解決していく作品で、TVドラマに舞台に漫画化にと、メディア展開も実に豊富。個人的には作画を大島やすいち氏が担当した漫画版が好きです。
 基本的には老いてもなお天下無双の剣の達人として知られる小兵衛が、気楽な隠居生活の中で遭遇した事件を時に大立ち回りを演じながら解決していく本作ですが、同時に平和な江戸の暮らしに潜む落とし穴や、それでもめげない人々の人情も活写していて、単に物語として楽しむだけでなく、書き手として江戸という時代を描こうとするときには大いに参考になる作品です。
 個人的には「雨の鈴鹿川」「まゆ墨の金ちゃん」「鬼熊酒屋」「約束金二十両」「手裏剣お秀」などが好きですが、他にも面白い話が沢山あって、読んでいてまったく飽きません。
 また剣客商売というタイトルからすると、やはり剣術に着目したくなるところですが、作中に登場する料理も気になるもの。料亭「不二楼」や小料理屋「元長」を中心に、バリエーション豊かに登場する美味の数々には、思わず文字だけだというのに涎が出そうになる始末。
 魅力的な登場人物に、美味しそうな料理に、手に汗握る剣術シーンと見どころ満載。読み始めたら止まらないシリーズです。(藤沢静雄)

 

『銀平飯科帳』河合単 

 東京神田で創作居酒屋を営む青年・武藤銀次は全く自身の店が流行っていないことが悩み。原因は彼の中途半端な性格や、経営下手であることが原因ですが、ひょんなことから江戸時代にタイムスリップ! 十一代将軍・徳川家斉の時代に降り立った彼は、将軍の料理番を務める長谷川兄弟と出会い、彼らの祖父・鬼平こと長谷川平蔵が残した「犯科帳」ならぬ「飯科帳」という江戸のグルメガイドを元に、当時のグルメを食べ歩きすることに。江戸飯を元に店の新メニューの考案やお客の悩みまで解決することになる銀次ですが、なんと彼の他にもタイムトリップをした人間がいるようで、お気楽な東京・江戸の往復生活とはいかないようで……? ちょっと詰め込み感もありますが、江戸時代の風土や料理が目白押し、グルメ漫画が好きな人にもおすすめです!(河合舟)

 

『北斎のむすめ。』松阪       

 葛飾北斎の娘、葛飾応為十七歳の日常。駆け出しの絵師だった応為(お栄)が、吉原花魁や仲間の絵師と交流しながら一人前の絵師として成長していく。浮世絵について何も知らなくても楽しめる4コマ漫画ですが、予備知識があるともっと楽しめます。お栄が男装して吉原に潜入するようなぶっ飛んだネタもありますが、国芳、広重、英泉などお馴染みの絵師も大活躍。国芳と広重はブレイク前の若い姿で描かれます。これを見て浮世絵入門するも良し、マニアの方は絵師の日常にニヤニヤするも良し。絵師好きはぜひ御一読ください。(暁 壊)

 

『JIN ―仁―』 村上もとか

 現代の脳外科医である南方仁が幕末の江戸にタイムスリップし、現代の医術を武器に江戸に蔓延する様々な病気と闘うお話です。南方先生の医術に魅せられ、その傍で看護師のような役目を果たす武家の娘や先生の婚約者の先祖である遊女、漢方や西洋医学に通じた当時の医師たち、歴史上の偉人と触れ合いながら、正しい未来へ向かうよう奮闘します。

 現代には当たり前にあるけれども江戸時代にはまだ存在していない道具や薬を協力者たちと作ったり、現代の医学を受け入れられない当時の人々との軋轢を描くなど、ユーモアあふれる人間模様も魅力的です。病気を通して当時の江戸の街並みや風俗を知ることができ、吉原や奉行所、歌舞伎役者、火消し、大奥などについても学ぶことができます。

 歴史ものや医療もの好きな方は勿論、それほど詳しくないもしくは興味がない方でも楽しめる作品です。もしも自分がタイムスリップした時用の予習としてオススメです。(錦織)

 

『風流江戸雀』杉浦日向子
 

江戸風俗研究家でエッセイスト、漫画家でもあった杉浦日向子さんの漫画作品で、私の大のお切りに入り! 江戸時代後期の川柳集「柳留」を中心とした古川柳を題材に、江戸の風俗を丁寧に優しく描写した短編漫画集です。
 二句の川柳をモチーフに、四頁の中に凝縮された物語は江戸で暮らす人々の、何気ない日常の中にある情緒を巧みに描き出していて、単に読むだけでも楽しいし、江戸時代を調べるうえでも良い資料となると思います。
 個人的には夜遊びを巡った夫婦喧嘩の顛末を描く「腹さんざ 戸をたたかせて 女房起き」、口説き文句もクールに躱す女性が印象的な「ほころびの 内こたつから 首が生え」、藪医者の台詞になんだか納得してしまう「みんな見放すに 藪医の頼もしさ」あたりが特に好きですね。
 持ち運びしやすい文庫も出版されていて、気が向いた時に気軽に江戸風俗を覗ける点も大きな魅力かと思います。(藤沢静雄)

 

「超高速! 参勤交代」 監督・本木克英

 佐々木蔵之介が主演の「参勤交代」をテーマにした映画ですが、タイトルから見て取れるようにとにかく「超高速で参勤交代にむかう」お話です。八代将軍・徳川吉宗の時代、陸奥国磐城(現在の宮城県南部~福島県あたり)の小藩・湯長谷藩の藩主・内藤政醇は一年間の江戸での勤めを終え、国許に帰るはずが突如「藩が所持している金山の調査結果に疑義があるから、事情説明のために五日で再び参勤せよ」と命じられてしまいます。金山を狙った老中が仕組んだ無理難題なのですが、参勤交代はとにかくお金を使うため(幕府側としてはお金を使わせて国力を養わせないのが目的)、四年前に起きた飢饉で貧乏な湯長谷藩は頭を抱えます。しかし、政醇のアイデアで「最小限・最速・最短」で国許に帰り、江戸に戻ることに。政醇と七人の仲間は果たして五日で江戸に戻れるのか? 佐々木蔵之介というだけで個人的には推せる映画なのですが、登場人物のほとんどが方言であるため、その辺も楽しみどころの一つとなっています。(河合舟)

 

深川江戸資料館

原寸大で想定復元されている江戸時代末期の深川の街並みが常設されている資料館です。長屋や船宿、火の見櫓などが細かい生活用具と共に再現されており、中に入ることができる場所もあります。フロア全体が深川の街になっているので、資料探しにぴったりの施設だと思います。近くに美味しい深川めし屋さんもあるのでオススメです。(錦織)

 

『現代語で読む「江戸怪談」傑作選』堤邦彦

 実はこちらを授業のテキストとして購入したのですが、一切関係なく読みふけるほど面白かったです。祥伝社の新書で、五章立て、計三十三編の怪談が収録されています。

 この中で特にお気に入りの一編が「生首と旅する男」(新御伽婢子)なのでちょっとだけご紹介させてください。

 京の若い僧が関東へ修行に出ることになったが、彼には出家する前から懇意にしていた娘があった。涙を飲んで二人は別れることになったのだが、娘は自分の首を切り落として傍らに置いてくれと刀を握らせ懇願する。僧は悩み抜いた末、娘の首を切り落として荷物の底へと彼女の首を忍ばせた。

 下総の寺の学寮に入った僧は、そこで一部屋宛てがわれたのだが、しばらくして彼の部屋から女の声がするという妙な噂が立つ。不審に思った者がこっそり覗き見ても、部屋には件の僧しか居らず、気のせいだとその時は沙汰止みになった。

 三年ほど経った時、彼が母の葬儀で寮を長いこと空けることになった。すると、誰もいないはずの部屋から女の泣く声が聞こえる。いよいよ部屋の大捜索を行うと、彼の荷物から女の生首が見つかった。それはまだ生きているかのように艶のある肌をして、綺麗な化粧も施され、泣き腫した瞳は赤く充血していた。首は自分を取り囲む僧達を見回すと恥ずかしそうに俯いて、しおしおと萎びた茶褐色の干し首になってしまった。

 住職が首を丁寧に弔った数日後、件の僧が出先で亡くなったという報せが舞い込んできた。奇しくもそれは女の生首が見つかった日で、後にこの二人の関係を知った僧達は、愛の執念に恐れ戦いたのだという。

 私はこの生首ちゃんの一連の行動が非常に可愛らしくて大好きです。何ですか泣き顔見られたことに気付いて恥ずかしそうに俯いた後萎れちゃうってどこの萌えキャラですか。説話集とかって妙に可愛いお話が載っていることがあって好きです。「児のそら寝」とか。

 このような感じで短い三十三編の怪談が収録されております。なんと解説付きというありがたさ。おすすめです。(横井けい)

 

『江戸の性』中江克己

 江戸時代はエロが発展した時代でもあります。学校では教えてくれない下世話な話を大真面目に解決。『江戸にもあった!ポルノショップ』『大奥の裏ネタ大暴露』『有名人のエロ事情』『避妊、性病の問題は?』貴方の疑問にお答えします。論文の素材にはならないかもしれませんが、余計な知識は大幅に増えますので、是非自慢してください。(暁 壊)