vol.10合評

スカート 長尾早苗

◆マネキンの足って、確かにちょっと死体の足に似ています……。固そうで冷たそうなところが。少年の他愛の無い思い出は、人によっては美しく感じるのでしょうが、私には少し怖いようなものに思えました。靴は燻る、という表現が特に・・・少年が好きなのは、本当に血の通った少女の足だったのでしょうか。彼の初恋の結末がわからないのですが、ハッピーエンドに終わったにしろそうでなかったにしろ、「何か」があったことは確実だと思います。彼はもう、生きた女性の足にはさほど興味が無いのではないか。そんなことまで考えてしまいました。(暁)

 

蒐集癖のある人生 上嶋千紘

◆この作品は、果たして「何フェチ」と呼んだら良いのだろうか。身も蓋もない言い方をすれば、女装癖のある美少年と、足フェチの写真家の話である。しかし、それだけでは収まらない熱量がこの作品にはある。

 写真家の視点で進むこの作品の良いところは、「どこか他人事なところ」だと思う。作品内で、写真家は自称すらしないが、自分が「大衆の好奇心を煽りそうな」ことをしていると自覚しているように見える。しかし、どこか他人事なのだ。美少年もそうである。彼は高校生の割に言動が大人びている。「何故、女装をしているのか」と聞かれて「自分以外のものになりたい」と答える彼は、正に他人事である。

 作品内でのフェチについて書いておきたい。序文で写真家が自分の足の拘りについて語っているがサッパリ理解できないので、「ただの足フェチ」じゃないかと思っていた。しかし、話が進むにつれて実際は違うことがわかる。美少年が「先生は、僕の足が好きなだけなんだ」と詰まる場面がある。序文で、写真家は足を球体人形になぞらえた。しかし、球体人形が好きなわけではない。あくまで、少年の足が好きなのだ。本当は切り取って飾っておきたいけれど、切り離してしまえば「少年の足」ではなくなってしまう。だから、写真家は写真を撮る。写真家は自分が写真を撮ることを「趣味」だと言っていたが、そこには繊細で頑固な拘りがあるのだ。

 どこか他人事のように始まり続いたこの作品の終わりも、どこか他人事のように終わる。しかし、二人は現実逃避をしているわけではない。現実を受け止め、その中で自分の欲求に素直に生きているように見える。自分の欲求を昇華する方法を見つけた二人が紡ぐ、今だけの話なのだ。だからこそ、薄暗い空気の中に、どこかすっきりとした空気を感じることが出来る。大切なものが時間の移り変わりで消えてしまうものなら、せめて思い出にしようという気概は、大好物です。非常に良い作品だと思います。(灰音)

◆少年の美しさは、少女の美しさよりも儚い気がします。それ故、少年の美しさは貴重で、危うくて、他者を虜にするのでしょう。その一瞬を永遠にしてしまいたい、そこだけを切り取ってしまいたい、という気持ちは、良くわかります。それだけが欲しい、と願う主人公は周の人格を(無意識にしろ)ないがしろにしていて、彼を同じ人間としては扱っていないので しょう。周は本当は頭が良くて、生意気なところもあるけれど、大人の付き合いだって十分できそうなのに。周が大人になることで、初めて一人の人間として扱って貰えるのか。それとも、綺麗な被写体ではなくなった周に、主人公は興味さえ示さなくなるのか。対等に人格を評価してもらえるようになったからと言って、周がそれを望むのか。主人公はあまりに身勝手な気もしますが、綺麗な少年に惹かれる者は誰しも同じような思いを抱えていて、そういう身勝手な理想を押し付けられながら、その欲望に反してどんどん成長してしまう少年の苛立ち、のようなものも感じました。(暁)

 

紳士道楽の家 黒間よん

◆お金持ちの紳士が純朴な少女を買う、そして自分の家に囲ってしまう。昔からある退廃の香りのするお話しですが、ひとつ異なるのは、二人とも物語を書く立場である、ということ。それぞれの残した原稿用紙から、それぞれが何を思って生活していたのかが伝わります。野雪を神聖なもののように扱いながら、やはり下卑た欲を持ってしまう「先生」も人間らしければ、「先生」の理想に応えようとしながら、宝石の指輪も良いな、と普通の女の欲を持ってしまう野雪も人間らしい。口で語るよりも、文章で書くという形なので、より生々しい心情が現れている気がします。野雪が自分の原稿を先生に見せなかった辺りからも、その辺の隠された気持ちが見えて来るような。

最後の落ちは、色々な解釈があるかと思います。全ては空想だった、でも良いし、野雪の思い出語りだっ た、ということにしても良い。原稿用紙の前では、誰もが自由なのです。(暁)

◆「こういうフェチもあるんだな」と思わせる作品。個人的に良いと思ったのは、主人公の仕事の描写です。前半がほぼ主人公の仕事の描写なのですが、中々読ませる。職業も相まってどこか薄暗い空気があるので、後半の闇も納得してしまう。主人公の過去の描写が妙にリアルで、急かされるように読みました。どことなくホラー感漂うというか、主人公の作り物感というのか。それが現実の描写と矛盾を起こしていて、妙に癖になる作品です。(灰音)

 

ホワイト・アウト・ビヨンド 石津馨

◆身体に訴える表現は社会への反逆だと思っています。とてもかっこいい。この作品のフェチは、攻撃的、というより、とても靄のかかったような「何か」があって、とても好きです。どうしようにもできない嗜好。私もこういう作品を書けたらいいなと思います。(長尾)

◆今回、最も不快感を与えてくれた素晴らしい作品です。読んでて吐きそうになったくせに、また読み返したくなるという不思議な現象に見舞われました。あんな汚いものを口に入れるなんて絶対考えられないのに、喉に絡みつくえぐい味まで想像できてしまうという・・・味噌汁をそこそこ丁寧に作る辺りに妙なリアリティがありました。食べ物は粗末にしてはいけませんが、この主人公の場合・・・食べ物以外のものも含めて、有効活用していると思えば・・・いや、全く理解はできませんが。もしかしたら、どこかにこういう人が居て、今もこういう味噌汁を食べているのかもな、と思いました。(暁)

 

恋人がリンゴになった話 暁壊

◆変わってしまった恋人と彼に寄り添う少年、街中を虜にするリンゴの香りの葉巻……さて小説家が紡ぐのはどんな物語なのか。

読みだしたらページをめくる手が止まらず、読了後はすぐに読み直すほど面白かったです。

三人の人間関係の変化を、徐々に変貌していく街の様子にリンクさせる手法が、淡々としていながら影が滲む文体とよく合ってい て、読む人をぐいぐい引き込む力をもった作品で感服しました。

とても独創的で世界観がしっかりとできている小説でもあり、書き手としても大変楽しめる素晴らしい作品だと思います。(藤沢)

 

バタフライ・エフェクト 錦織

◆主人公の飄々とした性格と両性具有のような容姿が合っていて、キャラクターの歪さが魅力的でした。専門用語が多く、少し難しかったですが、戦闘シーンの戦略的な描写と疾走感は作品にインパクトを与えるように感じました。(涼風)

◆冒頭の一文から、もう引き込まれました。徐々に狂っていくキャラクターも魅力ですが、生まれながらに狂っているキャラクターも非常に魅力的です。野分さん、良い味出しています。冒頭の「生きることは殺すことだ」の、殺す相手のところに、さりげなく自分も加えてしまっているのが良い。家族を殺すことに躊躇いが無いのも怖いですが、「殺したいから殺すんだよ!」な切れちゃった殺人鬼とも違って、非常に平然とやっちゃいそうなところがまた怖い。趣味を仕事 にしたからこそ、ちゃんとやりたい、という素晴らしいプロ意識です。彼(彼女?)の外見がかなり特殊で、感情移入が難しいのですが、そもそも殺し屋という職業に感情移入できるわけが無いので、このくらい人間味が無い方が面白いなと思いました。

ただ異常なキャラクターが暴れるだけの話かと思いきや、ちゃんとミステリー仕立てになっていて、人間ドラマとしても楽しめました。野分さんは野分さんなりにプロとして仕事をしているだけで、悪人ではなかったんだな、と。いや、善人と言えるかと問われれば、全力で首を横に振りますが。「どうせアタシも貴方も呪われて生まれて来たんです・・・」の台詞にははっとさせられました。冷静で客観的な狂人、という言い方が合っているかはわかり ませんが、そんなイメージです。自分でもうまく説明できなくて申し訳ないのですが・・・

野分さん(蝶々さん)シリーズ、また読みたいと思いました。(暁)

 

半透明な彼方 落ちた少女 木下幸

◆カフェ「ユニヴェール」のオーナーとは世を忍ぶ仮の姿、その実「異界師団体」という組織と繋がりのある光代さん(オネエ風のキレイなおにーさん)を上司に、容姿端麗なエリート高校生の大和と凄まじい力を秘めた狂犬・縁がコンビを組んで怪事件に立ち向かう……!という、カフェの二階事務所を拠点にした怪異事件ものです!。好きな人にはたまらない設定ですね!

今回はとある廃ビルで起きる連続自殺の謎を追う、というストーリーなのですが、長編シリーズの第一話! という印象を受けました。なのでこの話だけで読むとちょっと説明が足りないかな?と思うところもあるのですが、異界師団体とは、光代さんの過去、大和が黒手袋をしている理由、縁の力の源とはーー?といったフックをたくさん残している作品なので、ぜひシリーズ物として続きを読んでみたいと思いました。

個人的に好きなのは、106ページの連続自殺事件の原因の処遇について想いを馳せるシーンです。ネタバレになるので詳しく書けないのがもどかしいのですが、裁かれないからこそ報いることができない、自罰しか残されていない、という「悪」になってしまった人の末路になんだかぐっと来てしまいました。アンデルセンの「赤い靴」、カーレンと同じ匂いを感じています。(横井)

 

透明な泡 涼風弦音

◆結婚するであろう恋人とは別の女性との思い出が語られる構成が、非日常感を煽っていて素敵でした。

理央の生きる現実の中に少しの間だけ不思議な世界が入り込んでまた元に戻ることと、タイトルの「泡」が弾けて消えてしまうときの儚さや呆気なさが重なり、ぴったりだと思いました。

また、そのタイトルや雫の声がないこと、そして彼女が泳げないことなど、全てがわかる人にはわかりやすいけれど魅力的な伏線となっていて短い中にも丁寧さを感じました。

雫の存在を肯定するための理央の言い分が、彼らしいけれど、すごく切なくて好きです。(月城)

◆「ファンタジー」と言えば、やはり中世ヨーロッパだろうと個人的には思う。如何にもなカタカナ語が登場したり、現代では滅多にお目にかかれない物が登場したりする。と思っていたのが、この作品は、主人公の理央が婚約者と指輪を買いに行く場面から始まる。現実的である。

 理央は自分を「平凡」と称する大学生だ。そんな理央が、過去を振り返って「非凡」だった事件を思い出す。その「非凡だった事件」というのが、この作品の全容である。

 事件というのが正にファンタジーなのだが、舞台が現代なのがまた面白い。事件の内容は読んでもらうとして、私が良いと思ったのは、舞台と要素のバランスである。舞台は現代なのに、事件はファンタジー。この作品は、そのバランスが上手く取れていると思う。理央にとっては「非凡」であることが、ファンタジーということなのだろう。

 ところで、理央は「平凡」と自称しているが、どちらかといえば素で「非凡」なような気がする。だからこそ、非凡(ファンタジー)な事件に出会ったのだと思えば殊更に面白い。全体的に見ると、爽やかで読後感の良い作品に仕上がっていると思う。(灰音)

 

いつかのアリス 月城まりあ

◆終盤で覚悟を決めた主人公の描写が、とても好きです。

時に嫉妬や自己嫌悪で揺れ動きながらも、友を思い続ける少女の繊細さがよく表現されていて、読んでいて切なくも優しい気持ちになれました。

時間遡行というファンタジックで非現実的な要素も、学生生活と上手く組み合わせられていて、ローファンタジーやエブリデイマジックものに近いのかなと感じます。

日常生活の中に不思議な力が混ざる話を書こうとするときは、大いに参考 になる作品だと思いました。(藤沢)

◆タイムリープ物は使い古された素材でもある。しかし、この作品は上手く使いこなしていると思う。女学校での青春物語でもあるこの作品は、主人公の有栖が「時間を巻き戻せる時計塔」を見つけることから始まる。時計塔を使用した切欠は些細なものだったが、逆行した現実で、有栖は更紗という後輩と出会う。

 有栖は、更紗のために何度も何度もタイムリープを繰り返す。そこまでの流れも上手い。何が上手いって、「有栖は更紗のためなら、そうするだろう」と納得させてしまうところだ。勿論、登場人物はこの二人だけではない。しかし、その全員に動きがあり、心情がある。だからこそ、有栖にも感情移入するし、更紗に対して思うところもあれば、他の登場人物にもそうである。全員が生きていて、自分の感情があるのだ。女学校のいざこざも、素直に読める。

 個人的には、有栖が完璧な主人公と描かれていないところに好感を持った。嫉妬もするし、失敗もする。身勝手な理由で、タイムリープをすることもある。そんな有栖だからこそ、最後の選択に感動してしまった。

「さらちゃんがいてくれる今が、私も好きよ」と、主人公の有栖が、何気ない雑談の中で、更紗に言う場面がある。一読者の私は「まぁまぁ、有栖は更紗のことが好きなのねぇ」と思ったわけだが……(以降は読んでください)。

 何が幸せなのかは人それぞれであるべきだし、一見すると「それはどうなのか」という有栖の選択は、私としては「有栖ならそうするだろう」と思わせるのに充分だった。また、この作品が優れているのはバランスではないだろうか。起承転結が上手く、丁度良い量で収まっていると思う。会話も小気味良く、飽きる頃に次の展開に移るのでストレスなく読めました。好きです。(灰音)

 

KEY 長月凜

◆従来の妖精のイメージを覆すような、斬新なデザインがそのままキーの個性となっている気がします。ただ可愛いだけじゃなくて、どことなく俗っぽいような。サクラエビなんて生臭ものを主食とする妖精・・・いや、可愛いんですが。朔也の動じないところは最早才能の域に達していると思います。でも、凄く良い人なんですよね・・・仕方ないなーと、キーの世話も鍵探しも全て引き受けて。最初のメールで慌てて駆け付ける場面から、すぐに他人を信用する性質と、 底抜けのお人好しっぷりが読み取れます。その後プリンの券で機嫌を直したかと思ったら実は苦手な生クリーム入りで、それをたっくんにあげてしまうところまでセットで。導入部のコメディっぽい部分なのですが、あそこでもう朔也という人間が何となくわかる、というか、この人なら安心してキーを任せられるな、と。彼があの後、現代人とは思えない柔軟さでキーという存在と自分の役目を受け入れた時も、不自然さはほとんど感じませんでした。この人ならこうする、と納得できるのです。朔也がキーにちゃんとご飯を与えたり、会ったばかりのたっくんと交流したり、殺伐とした現代にもこういう人がいるかな、いたら良いなー、と。

謎解きは最初、何か子どもっぽいなーと思ったのですが、最後 まで読んで納得。

途中途中笑える部分が挟んであるので、最後まで飽きずにすっと読めるのも魅力でした。いつ使うかわからない「サクラエビ」・・・いや、ご飯要求する時に使えるよ! 

欲を言うなら、肉まんのお兄ちゃん(結局名前出てこなかったような・・・)にもうちょっと活躍の場が欲しかったかな。彼も良いキャラだと思います。たっくんが出て来るまでは、この人がキーパーソンなのかと思ってました。

本当に出て来るキャラが皆善い人なので、皆に幸せになってほしいですね。キーと肉まんとの絡みも見たいなー。(暁)

 

魔術師の杖 藤沢静雄

◆ザ・美しい男の友情、です。丁寧な言葉で紡がれる主人公と魔術師ヴォルフラムの物語。

緻密な世界設定とともに、描かれるストーリーはいつのまにか読者を引き込んでくれます。

こんなに練り上げられた世界なのに短編で終わっちゃうのがもったいない!

再構成して長編物語として是非読んでみたいです。ちょっぴり切ない、けれどもさわやかな読後感を味わえる一遍です。(角谷)

 

黒が待つ森 もち子

◆不可侵の魔女の森という、魅力的な響きをもつ場所を舞台とした本格派ファンタジーで、とてもよく練り込まれた素敵な作品です。

精緻に構成された世界観とその中で生きる人々が、穏やかな文体で生き生きと描き切れていて、改めてもち子さんの凄さに感嘆させられました。

ただし個人的には夜に読むのはお勧めしません。

出てくるご飯がとても美味しそうで、お腹が空いて困るので(笑)。

もち子さんはフェリス在学時から完成度が高く綺麗な物語を書く方だなと思い、同じ書き手として注目してきましたが、今回の作品はその中でもかなり私好みで、かつ洗練された作品だと感じました。

特に今回 は登場人物たちの心情の変化が自然で、読者がより身近に感じられるように描写されていて、何度読み返しても巧いなぁと唸ってしまいます。

これももち子さんが日々努力しておられるから描き出せるのであり、もち子さんの人柄と才覚と努力が感じられて、こちらも頑張らないとと奮起させられました。

とてもよく作り込まれているので魔女殿の過去とか、ロッサミアの別の地方とか他国はどうなっているのかとか考えてしまって、興味が尽きない作品です。(藤沢)

◆すべてが一から作られた完全な王道ファンタジーなのに、頭の中で世界が描ける描写力に感服しました。

おいしそうな料理、個性のある登場人物、洋風ファンタジーらしい世界設定に店を営む二人の過去を入れることで和風ファンタジーの香りもして、読みやすいのに読み応えがあってとても楽しく拝読させていただきました!

個人的には魔女の見た目と話し方が好きでした。かわいい!(月城)