vol.12合評

銀河の水位 上嶋千紘

 秋になったら死のう。

 冒頭からの自殺宣言が、読み手の興味を促す一発となっていると思います。この唐突な始まり方、私はツボでした。

 語り手であるぼく(おじさん)のネガティブな思考のせいか、見ている風景までほとんど夜の水辺や埃が落ちてそうな部屋ばかりで薄暗い世界観が安定していた様に感じられました。また、気弱な口調や文体から、彼の時間が幼い頃誰かに傷つけられたまま止まってしまっている様に感じられたのが登場する人物をよく描いていて見事だなと思います。そんなぼくの世話をせっせと焼いているゆうくんも中学生のわりに達観した様な物言いが多くて、気落ちさせる様な空気の中、二人のやりとりが微かな光であることをますます感じました。過去の出来事や環境で欠けてしまっている部分がお互いにあって、それを補い合っているのが二人の関係なのでは、と私は思います。

 ゆうくんが大人になっても約束を覚えていてくれるのかは、本人達次第でまだ判らない所ですが、ぼくがゆうくんと共に朝の街を歩けたシーンは先の希望を感じられたと思います。

 物語自体は、ぼくの引きこもりが治ってしまう、みたいな大きな展開にはならないのですが、ぼくとゆうくんが作る小さな世界が鮮明に描写されていたので、暗いけど綺麗で、とても充実した作品であったと思います。(木下幸)

 

蔓、絡まる 新名ちか

 風景についての描写がとても繊細にできていて、尚也がどんな景色を見ているのか想像しやすかったです。それに伴うように、尚也と伊織のふたりの距離感も近すぎず、かといって遠すぎず、と繊細かつ丁寧に描かれているように感じられました。

 このあと2人の関係がどこまで深くなるのか正直気になりますが、ここで終わらせるのがまた、読者に今後の考えを想像する楽しみを与えてくれているのかなと思えました。(もこ)

 

トワイライトソーダ 長尾早苗

 透明感のある作品で詩的表現だけでなく小説的描写もあり、タッチの違いから女性と少女のスペクトラムが感じられました。句読点の使い方からも少女の心情が感じられてとても可愛らしいです。子供の頃、合成の緑が弾ける様子に胸をときめかせたのを思い出し、懐かしい気持ちになりました。(涼風弦音)

 

溺死する幸福論、祈る指先 花森美咲

ーあの日、京ちゃんに出会えたことは救いでもあったし、地獄でもあった。

 主人公は女子高校生の萌波ちゃん。彼女が内側に抱えた重たいものと、これからどう向き合うか。夏の日のとある出来事から動きはじめた彼女のこころに探偵業を営む京ちゃん(九十九京介)をはじめとした何人かの大人たちがそっと寄り添う、苦くてやさしいお話です。

 正しく生きられない。居場所がない。思春期の女の子の中にある複雑で尖った気持ちが、物語を読み進める中でひしひしと伝わってきます。そして、それをまあるく包み込んでくれる大人たちの懐の広さ。荒んだ家庭環境、墓荒らし事件、根拠のない噂、辰巳さんの死など萌波ちゃんの中に吹き溜まるいろいろな苦しみごと彼女を認めてあげる大人たちの姿に、立派な大人とはこういうものなんだな、と読者の私もちょっぴり背筋を正されます。

 このままでいることが地獄なら、変わることもまた地獄であると知った萌波ちゃん。彼女が選ぶ道の先に待ち受ける地獄が美しく実り多いものであることを願ってやみません。(黒間よん)

 

ガラスのプロローグ 月城まりあ

 親友と喧嘩別れした少女は、一刷の本に触れることで不思議な世界へと迷い込む。洋館に閉じ込められた姫君、鍵をもつ黒き城の魔女、摩訶不思議な森の住人達、そして親友そっくりの鍵の番人。脇役にしかなれないと自嘲する硝子が、彼らとの冒険を経た先にたどり 着くのは、一体どこなのか?

 読むたびに、丁寧に書き込まれた繊細な少女の心情に深く共感させられる作品です。主人公の硝子は繊細な自分自身を守ろうとして、安易な方向へ流れていこうとしてしまいます。それでも鍵の番人の支えと親友への思いが彼女を奮い立たせ、自身の心の弱さの前に力尽きそうになっても、立ち上がれる強さを秘めた凛々しい少女でとても素敵だと思います。同時にそんな彼女を大切に思い、彼女からも大切に思われる親友・美来もまた魅力的な少女であることが窺われます。強い友情で結ばれた二人のこれからの物語がとても気になる、輝かしい青春小説です。

P.S.個人的にはロリポップを持った二足歩行の犬が好きです。(藤沢静雄)

 

対象es 木下幸

 この作品は非常に印象に残っている。私が始めて編集を手がけたのもあるが、ボリュームが凄い。文字数の話ではない。何というか、ただただボリュームがある。

この作品を読んだ人は思うに違いない。ボリュームが凄い、と。それだけの熱量があるし、筆者は色々考えているのだろうなと思わせる。

 この話は、「二年前の夏、僕は九条縁と出会った」という印象的な一文から始まる。私自身、こう言った懐古的な流れは好きな性質だ。不思議な家柄、印象的な単語、僕と妹、見知らぬ少女、呑気な同級生、などなど。ワクワクさせる要素が次々登場する。設定は良い。舞台、キャラクター共に魅力的だ。また、事件性もある。一つの事件から、それぞれの運命が一つに絡み合う。のだが、一つ残念な点があるとすれば、その全てが解決されずに終わってしまうことである。読み終わって私は「筆者にはもっと大きな世界があったのだろうな」と思った。筆者の中では壮大な世界。それこそ、全部のキャラに過去があり、いざこざがあり、色々なストーリーがあったんだろうな。それを全部書ききれなかったんだろうな、と思ったところが少しだけ残念だった。何というか、自分の中の世界を持て余しているようにも感じた。

 とは言え、溢れる世界観はとても魅力的だし、キャラの設定なんかも「う、これは」と思うところが多い。人が好きそうな設定というか、そういう部分の嗅覚が優れているのかもしれない。今後も、上手く自分の世界と付き合いながらも魅力的な作品を書いていって欲しいです。(灰音ハル)

 

愛しのキメラ 灰音ハル 

 天使は神に仕える崇高な存在ではなく、あくまで戦争の道具として人間に使役される存在である、というのがこの物語の設定です。宗教の矛盾が描かれており、ファンタジーでありながら非常に現実的な作品であると感じました。聖書の中でも、神の方が悪魔以上に人を殺しています。しかしその聖書を作ったのは人間で、つまるところ神や天使に人殺しをさせているのも人間だという事実。神や天使も、権力者の都合の良い奴隷でしかない、という皮肉のようにも感じました。

 利用されている天使自身が、その皮肉に全く気付いていないのが 悲しいのですが。何となく、正義の為という隠れ蓑でベトナムに駆り出された少年兵たちを思い出しました。天使が居るから戦争が起こる、とは言われていますが、実際に戦争を起こしているのは人間の権力者たちです。そう考えると、精神的に未熟な若者でなければ天使にはなれない、というルールも、人間の悪意の上に成り立っている気がしました。大人ならば利用されていると気付いて対処もできただろうに、子供であるが故に『選ばれた存在』に酔ってしまう。ミラルダなどは、その典型です。その上、大人も簡単に倒せる力があって、未熟な分人を殺しても罪悪感が無いのでしょう。

 けれど、もしいつか戦争が終わった時、権力者たちは責任を取ってはくれません。全て『化け物』である天使たちのせいにして、自分だけは逃げ出すのだと思います。ミラルダはその事実に気付けませんでしたが、レリアは気付きました。しかし、ミラルダが愚かなのかと言えば、それは違うと思います。ミラルダ自身、口にした実がエデンだったならば、身体の奇妙な変化に戸惑い、それでも心配してくれない権力者の大人に不信感を抱いたはずです。レリアだって、自分がまともな天使になっていたら現在のような活動はしていなかったと思います。

 ミラルダは「正義の為に何でもできるのは怖い」という台詞が、自分たちのことを意味していると気付いたでしょうか。戦争を起こす者は、皆自分たちこそ正義だと信じています。その傍ら、オリオンの村のような平和な社会が脅かされていることなど知りもしません。そしてその、一番の被害者であるはずのオリオンが、天使を恨むどころか感謝をささげている辺りが、また皮肉というか……。彼ら一人一人のもどかしいような噛みあわなさが、そのまま現実への風刺となっていて、非常に読み応えのある内容です。

 天使=宗教、と考えると、より理解が深まるかもしれません。それぞれ言い分はあるし、それぞれに正義があるのはわかるけれど、どの正義も利用される側や被害に合う側のことは考えてくれないのです。認め合えば良いのに、とは言いますが、この小説を読んだ後では、それすら非現実的な綺麗ごとのように思えてしまいます。(暁壊)

 

 

ともしび 小金井りお・沙羅・こうだ葵・錦織

 登場人物の五人の少女たちは、奇妙な絆で結びついている。五人一緒であることに固執する少女たちは、生死の境すらも超えて共にあろうとするのだ。しかし、実態はいびつである。そしてあまりに強固な思い込みを抱えている。作中で多用される仲間が「欠けてしまった」という表現。これは、五対で一つであることを印象付けると共に、物質的な冷淡さを想起させる。それはまるで凶器に用いられた花瓶のようであり、時を止めて固まってしまった彼女たちの肉体のようでもある。

 また、作中では冗長ともとれるほど食事に関する描写が続く。しかし、この共食という行為こそが彼女たちにとっての友情の本質ではないだろうか。食事という生命維持の根幹をなす行為を過剰に共有することで、仲間の連帯を確認しあい、同じ素材で構成された一つの物になろうとするのだ。だからこそ仲間が死んだ後も奇妙な食卓は続けられる。

 しかし同一化しようとすればするほど、違いが目に付くようになる。それは生い立ちや家庭環境、卒業後の進路として如実に現れる。これはつまり、少女たちが五人一緒で居続けることの困難を示す。そして少女たちは自身の一片でありながら共有出来ない他者を許容出来ず、死というより均質化された世界を望んだのであろう。        (上嶋千紘)

 

ハイヒール・イン・ザ・フロア 黒間よん

 三村は、海野を突き放そうとすれば出来るし、なんなら、そもそもの話新宿の奥深くに自分が消えていく姿も隠そうと思えば出来たのだ。

 スーツを着て忙しそうに駅の中を眉をひそめて歩くサラリーマンも、手のひらに収まる小さな液晶画面を見つめながら危なっかしくふらふらと歩くOLも、友達と楽しそうにSNSの話題について盛り上がる学生達も、その「まとも」の下に隠された自分の一部の解放に苦しむ1分があるはずだと、私は思っている。この作品は、まさにそんな私の考えを、美しい文章と適格な表現、まとまりの良い言葉で表していて、いつの間に私の心の中を見透かしていたのだろうかと心臓がビクリと跳ね上がった。

「シンディじゃなきゃ、ダメ」

 なんて残酷な言葉を、彼女ははっきりと口にするのだろうと思った。きっと、その言葉に嘘偽りは無く、本当に、心底シンディ・レスコビッチに焦がれているのだろう。

 ただ、それは「愛」というには未熟すぎて、不完全すぎて、儚すぎる。

 三村の「あんたは真っ当な人を好きになって、お願い」に対する海野の「真っ当などちゃんちゃらおかしい。どれだけ清潔な顔をしていたって、どいつもこいつも根っこは変態だ。それを教えてくれたのは他でもない」という考えが、まさにそうだ。

 海野、君がそれに恋焦がれ、愛しているうちは、シンディは永遠に君を愛さない。愛したくても、三村が愛しても、女王様はずっと、君を。

 海野はいつ、そのことに気が付くのだろうか。ううん、むしろ気が付かないようにしているのかもわからない。(花森)

 

穿つ身と乖離する本望 櫛川点滴

 ただひたすらに、狂気的な文体と内容に浸ることのできる素晴らしい作品だと感じました。視点である平峰くんの語る永園さんの描写が、過剰なまでに「美しいもの」として表現されていることに魅力的な歪みを感じました。美しい永園さんに対して、その他の人間、特に無遠慮に彼女にアプローチしてきた男性をゴミ呼ばわりする平峰くんの独特かつ極端な価値観がこの作品の軸になっており、狂った世界感を作り出していると思います。遠い存在だったはずの永園さんが自分に近づいてきてしまい、あげくに恋愛感情を持っていたことにより、彼の中の永園さんの見え方が変わってしまう瞬間が読んでいてぞわっとしました。「誰だお前」というセリフはとてもインパクトがあると感じます。最後まで読んで初めて冒頭のアイドルのスキャンダル報道と繋がったと感じることができました、このような構成もとても好きです。彼には人々(自分も含めて)が望んだ存在・偶像から堕ちてしまった人間は穴が空いて見えるのかなと考えました。また、永園さんはどのような気持ちで平峰くんを見ていたのかなと思いました。彼女もまた平峰くんのように人とは違った視点を持っていたのかなと気になります。(錦織)

 

姉さんあのね、毒林檎を齧らせて もこ

 毒林檎を齧らせて、というタイトルから連想されるのは、やはり「白雪姫」だと思います。そのイメージをもちながら本文を読むことで、姉さんが白雪姫のように美しく、純粋な人物であるのだろうとすんなり人物の設定に入り込むことが出来ました。また、弟・凪と、姉さんを愛する男としての凪、そこに毒林檎を絡めた表現が鮮やかでとても好きです。毒林檎といえば、白雪姫。そう思って読み進めていくと、最後にもう一つ、林檎がキーアイテムになっている話があったことを思い出し、はっとします。主人公の視点から見た姉のデートする様子の描写もどこか鬱々としていて、雰囲気が美しくまとまった作品です。あの後、どうなってしまうんでしょう……。 (新名ちか)

 

ホンキィトンク・本気トーク 暁壊

 悪の組織に捕らわれ、絶体絶命のピンチの中、それぞれに全く違う思考を繰り広げる四人の登場人物。緊迫した状況がユーモアたっぷりに描かれるちぐはぐさが、終盤、五人目が現れ一気に昇華される流れは、まさにどんでん返しと言っていいものでした。この作品でキーポイントになるのは登場人物たちに与えられる「色」という役割。物語における登場人物の立場を、鋭く、ちょっぴり皮肉に描いた一作。(こうだ葵)

 

黄昏事件簿 涼風弦音

 ダンディでミステリアスな魅力を持つ男性って、世の中の女性の憧れですよね。ほんの些細な仕草だったり、言葉遣い、果てはハンカチの扱い方まで。名探偵の昏はそのダンディな男性の代表格です。あ、天宮さん、こんな素敵な男性と仕事できるなんていいなあと思ってしまいました。後半の方では恋における人間ドラマが色濃く描かれていて、猜疑心や嫉妬などが織り混ざっています。それは作家にとっても創作に必要なものなんだろうな。と思うんですよね。ただ、実際持ってるとつらいんです。人間は難しい! 秘密を持っている人物は女性男性問わず魅力的です。淑女、紳士ということばが彼女たちや彼らにはぴったりです。昏はどこかに秘密を持っていそうで、理想の紳士でした。キャラクターが三人以上登場するのに、性格や顔立ち、癖まで細かに描かれていてとても細やかな作品だなあと思いました。(長尾)

 

森と薔薇 藤沢静雄

 異国が舞台で導入は西洋映画のように壮大な雰囲気、しかし物語の根幹は王道的な恋の物語で長さも気にならないくらいの読みやすさでした。

 サラが過去の誓い一つだけをずっと大切に大切に、ただ一人ジェームズだけを想って過ごしていた日々。そして、どんなに悲しい思いをしても、かつての記憶は彼女の中で褪せることなくいつまでも喜びだと感じていられる。その真っ直ぐな心がとても美しく、幸せになってほしいなぁと思いながら読み進めていました。

 西洋特有のファンタジーに近い不思議な魅力に溢れていて、職業や旅籠から感じるRPGの町のような雰囲気があり、場面や舞台が大きく変わりはしないのですが、どことなく冒険している気分になることができて高揚感を保ったまま読了できました。(月城)