vol.14合評

 

 

●「とんてんぱらぎとっぱらぎ」長尾早苗

 

 ちんどん屋のような楽しさや賑やかさがある一方、一種の虚しさというか、儚さのようなものをひしひし感じました。儲けはないけれど子供の笑顔を糧に生きることば遊び屋のあんちゃん、純朴な青年かと思いきや恋愛関連のいざこざを起こして「おっ死ぬ」ような面もあり、これだけ短い言葉の中でキャラクターが多角的に表されているので凄いなあと思います。

 タイトルにもなっている「とんてんぱらぎとっぱらぎ」から始まる詩で、スキップしているような軽やかさ、賑やかさや愉快さが演出されています。七五調で調子良く進んでいくのですが、最後の連がこれを踏まえた演出がされていてこれまた非常ににくい……! ふと足が止まってその場で佇んでしまうような、音楽で言えばリタルダントがかかるようなテンポ感、そこに一抹の寂しさ、一瞬の静寂を感じずにはいられません。

 彼を慕っていた子供たちは、これから笛や太鼓の音を聞くたびに、いなくなった彼のことを思い出すのでしょうか。きっと歳を重ねるにつれて、その記憶もどんどん薄れていくのだろうなあ。

(横井けい)

 

 

●「少年、鯨」 灰音ハル

 

 極刑の廃止された近未来……罪人は仮想現実世界の『江戸』に精神だけを収監され、第二の人生を歩む。これを『島流し』ならぬ『江戸流し』と呼ぶ……と、聞くと恩恵のようだが、蓋を開けてみればその世界は現実以上にシビア。本物の江戸に見えても所詮は作り物、今笑って一緒に話している相手さえ、ただのデータの塊かもしれない。魂も本物の人格も持たない、言わばゲームのキャラクターである住民たちを相手に、それでも医者として生きる元・囚人睡蓮は何を思うのだろう。

 冤罪で江戸に収監された少年、蜂の視線を通して、睡蓮との何処かぎこちない江戸の日々が描かれる。データではなく、本物の人間だとお互いにわかっているからこその関係。周りがいくら賑やかに見えても、無人島に二人きりで取り残されたような心細さは常にある。まして、人を殺めて捕まった睡蓮は、殺し屋仲間を除けばずっと一人で生きてきた。蜂と出会わなければ、データ相手の商売に虚しさを覚えることもなかったのに。睡蓮が蜂に執着しながらも突き放すような態度を取るのは、この為だろう。彼は自分の過去を後悔していないと言っていたが、蜂が自分を置いて現実世界に戻ると知った時、初めて江戸から逃れられない身の上を呪ったのではないか。二人の関係が変化していく中、江戸では不穏な事件が起きる。仮想現実であるからこその事件は、江戸流しを定着させた役人の本当の企みを浮き彫りにする。

 周りにいる人間は皆ただのデータか罪人……というのは怖いが、そんな気の触れそうな環境に囚人を閉じ込め、好き勝手利用する奴等はもっと怖い。

 しかし、現実に戻ればそういう奴等がいる、ということを思えば、データでも割と良い人ばかりの江戸の方が住みやすいかもな、とも考えたり。

(暁 壊)

 

 

●「浮世絵物怪録」 暁 壊

 

 暁壊さんの小説は、これぐらいの文字数の作品が好きです。

 という話はおいといて、この作品は色々な要素を上手くまとめていると思います。もし自分だったら、一つ一つを書きすぎてここまでまとまらないだろうなぁ、というのが感想。

 テーマは江戸ではあるけれど、「猫」っていうサブテーマによって一つ一つの要素が上手く混ざり合っています。思わせぶりなところはちょこちょこありますが、それも「あれは何だったんだ?! もやもや」ではなく「上手い! 完」というところで、歯切れが良い。

 史実も混ぜてあるのがにくいです。サブキャラというか、国芳以外のキャラの登場頻度も丁度良いと思います。お栄と広重も一応メイン側ではありますが、そこまで国芳の邪魔をしていない。

 国芳の目を通して、猫にまつわる不思議な話を見ているような。ちゃんと国芳が主人公ってわかるのも素敵です。

 色々感想はありますが、長くなってしまいますのでこれで。面白く、完成度の高い作品だと感じます。 

(灰音ハル)

 

 

●「クリオネの墓」 月城まりあ


 

 可愛い外見の裏で凶暴な一面も持ち合わせる不思議な生物クリオネと、江戸。全く関係のない二つのキーワードが、ひづきと史という二人の少女によって違和感なく結びついていて、月城さんの発想力と物語の構成力の高さが改めて感じられる素敵な作品です。
 お盆の四日間にだけ会える特別な友人との数年ぶりの再会が、友人との別れへと移行していく過程は、どこか淡々としているように見えて、実は別離の切なさを秘めています。それでもこの物語が悲愴的な雰囲気にならず、読者にあの夏の熱気を和らげてくれる涼風のような爽やかさを感じさせてくれるのは、別れが決して悲しいだけのものではないことを示しているからでしょう。死ぬと消えてしまうクリオネは、海に溶けたあとはどこにいくのか? 死んでしまった人間は、その想いや記憶はどうなるのか? 残された人はどう向き合うべきなのか? 答えは人それぞれ、きっと星の数ほどあるでしょう。ですが、ひづきのような捉え方は前向きで、とても優しくて良いと私は思います。
 ひづきはどこにでもいる、平凡な大学生です。具体的な将来の目標はなく、悩みらしい悩みもなく、ふらふらと生きているように見えます。だからこそ読んでいると彼女の行動に共感が湧くと同時に、彼女の言葉と思いが読者の心を打つのでしょう。平凡非凡にかかわらず、柔らかい心をもった素敵な女の子たちの姿を生き生きと、綺麗に描写できるのが、月城さんの持ち味だなぁと改めて感じました。

(藤沢静雄)

 

 

●「猫」 藤沢静雄

 

 ラスト数ページでの驚きにより、最後まで楽しめる作品でした。

 猫のシロを怪しく書きつつ、お富の思い過ごしという終わり方になるのかと納得したところに、おきんの秘密が書かれることによって二回裏切られる構成が非常に面白かったです。

「猫」というシンプルなタイトルが本当にぴったりだと感じました。

 長屋や地主といったまさに江戸を連想させるものを登場させつつ言葉遣いなども江戸時代らしいものですが、文の流れも読みやすく、自然に情景が浮かびました。

 お富夫婦が物語上のメインキャラクターのはずなのに、おきんの魅力的な人柄は主人公のような華があり、これまでも色々な人間を助けてきてくれたのかなと想像できて、半生を覗いてみたくなりました。

(月城まりあ)

 

 

●「喜鬼子酔毒煙」 錦織

 

 東国一の城下町、通称「江戸」と呼ばれるそこでは今、禁止されている筈の阿芙蓉(あへん)の取引が秘密裏に行われていた。江戸の治安を一任される治郎屋一家、その若衆である喜一郎は、尊敬する「親父」こと治郎屋郭右衛門の頼みで潜入捜査に乗り出すが……

 ほしのたね十一号掲載、「艶色錦鬼模様」の続編、もしくはスピンオフにあたる作品です。少女のような風貌ながら随一の腕前を誇り、さらに彼女の作品には不思議な力が宿るとされる刺青師、彫童子。背中に彫童子の「鬼の刺青」を持ち、部下によくよく慕われ、荒事にもべらぼうに強い治郎屋の長、郭右衛門。そして郭右衛門を尊敬する期待の新星、まっすぐさとがむしゃらさが眩しい青年、喜一郎。魅力的な彼らが再びほしのたね紙面に登場です! やったぜ!

 前回は鬼の刺青にまつわる郭右衛門と彫童子のお話でしたが、今回は喜一郎にスポットを当てた話です。怪しさ満点の阿芙蓉取引現場、冷や汗ありピンチあり戦闘ありのクライムサスペンス。後半のクライマックスにかけての展開と疾走感が特に好きです! 喜一郎の「なっめんじゃねえぞ」と啖呵を切る場面からラストまで、郭右衛門の背中を追いかけ、心の支えにして奮闘する姿が「男の子だなあ! 泥臭くていいなあ!」と胸が熱くなりました。こんなところで立ち止まっちゃいられないんだ的な発破の掛け方が大変に好きです。

 それと、今回「鞘走りの音が聞こえる、」から始まる一連の文が大変秀逸だと感じました。読点でどんどん改行することで緊張感を高めつつ、最後に解放に持っていく演出に息を呑みました。郭右衛門が登場したときの安心して暴れられる空気感というか、安定感といったら無二のものです。最高でした。

(横井けい)

 

 

●「愛しの窃盗犯へ、問答無用で無期懲役です。」もこ

 

 まるで登場人物と話しているかのような生き生きとした話し方と、ところどころに入るアイちゃんのふざけたような言葉や主人公のツッコミのような言葉の、ワードの選び方や組み立て方が面白くて、テンポが良く、言葉遊びの楽しい作品だと感じました。おまわりさんがおさわりまん、のくだりはイラッときてしまう主人公の気持ちにも共感しつつ、語呂が良くて個人的にはとても大好きなフレーズです。頭の中で小悪魔な雰囲気を出しつつ、いつも笑顔な印象だったアイちゃんがふと本音をもらすシーンでは、それまでとは打って変わった雰囲気にアイちゃんの人物としての深みや魅力を感じて、特にお気に入りのシーンです。あのシーンがあることによって、アイちゃんの魅力が何倍にもなっていると感じる、とても大好きなシーンです。そんなアイちゃんのピンチに駆けつける主人公のかっこよさ、読みながら思わずずるい、と声に出してしまいました。それぐらい素敵な主人公でした。文章のテンポ感やキャラクターの描写や設定が本当に素敵な作品だと思います。

(新名ちか)

 

 

●「二番溜まり」 新名ちか

 

「誰も幸せになれないのではないか、誰も救われない話なのでは?」

 そう思って読む人が多いかもしれません。けれど作中にあるように、幸せの定義は何も型にはまったものではないのだと気付かされました。

 先輩の一番になれない高瀬に対して、「一番深い付き合いだった」という先輩の言葉には色々と考えさせられるものがあります。

 後半の二人のやりとりでは、先輩と高瀬の想いが同じものでないにしても、お互いにお互いのことを真剣に思い話しているというのが伝わってきてなんとも言えない気持ちになりました。うーん、好き!

 言葉選びのセンスが良く、ほどよくクセのある登場人物に、ちかさんらしさが出ていて、やっぱりこの人の生み出すキャラクターは魅力的だなあと改めて思いました。

 私もこういうのが書いてみたいです。多分むりですが笑

(もこ)

 

 

●「ミダス王の呪い」 横井けい

 

 空っぽで空洞のようだった少女が、黄金の欲に塗れた男と出会うことで生き方を見つけていく物語。悪名高く、無慈悲だが噂程とっつきにくいということはなくどこか憎めないガスパールのキャラクター像が魅力的です。何よりも金が好きなくせに衝動的に大金をはたいてまでアリチェを助けてしまったり、そんな彼女の見舞いに花を買って行ったりとユーモアがあります。中年男性と少女の組み合わせが好きな人間にはたまらないですね。

 ただの「お宝」ではなく、伝説と周辺の村の薄暗い財政事情が絡んでおり、リアルと神話的要素が上手く融合している「特産品」である部分が独特の薄気味悪さを表現していると感じます。永遠の命を手に入れた人間たちで溢れているのに、生命の息吹を全く感じない死んだ場所になっている泉の洞窟。皮肉的な描写が、透き通った空間の透明度を更に強調しており読んでいて目に浮かぶようでした。その美しさに魅入られたアリチェはもう少しで水晶の像になるところでしたが、すんでのところでとどまり生きる道を選びます。水晶の泉の魅力に抗ったアリチェと、ミダス王の呪いを受け入れたガスパールの対比も素敵です。黄金の瞳を持つアリチェと妻子を失ったガスパールの謎多き過去はこれから解き明かされていくのでしょうか。二人はこれからどんな冒険を繰り広げていくのか、続きが気になります。

(錦織)